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弘法大師ゆかりの名号

2000/12/05

 今から1200年くらい前、名号の親切なおばあさんがいたある酒屋さんで、一夜の宿をとった旅僧が書き残していった「南無阿弥陀仏」六号妙号からその名が付いた地、梅の里「名号」。   <詳しくはこちらをご覧ください。>

 最近、「温泉施設」の建設、「大島ダム」の試験湛水開始、「弘法井戸」の碑建立など話題に事欠きません。「せつぶん草」で有名なお寺、「石雲寺」もあります。
<写真は名号の庄田さんから送っていただいたものです。>


 11月21日に除幕式が行われた「弘法井戸」の名を記した石碑

 808年、旅の途中で泊まった役人の八名家で、水に困っていることを聞き掘るように教えた井戸
 八名家の子孫の方が私費を寄せ地元にみなさんが取り組んで建立したそうです。

 名号の里の、地下1,200メートルから温泉が吹き出しました。
 余暇の保養に、健康づくりにと、新しい温泉施設がつくられています。
 写真が現在建設中の建物、来年春に開業の予定です。
 名前が公募されていました。
 試験湛水で水がたまってきた、豊川用水の新しい水源ダム「大島ダム」
 上流には、百間滝があります。

H11/1月から工事開始

  <大島ダムの概要>
 総貯水量:12.300.000立方メートル
 (ダムが満水になったときの水の量)
 貯水池の面積:50ヘクタール
 (水を貯めるダム湖の広さ)
 ダムの長さ:160.0メートル
 ダムの高さ:69.4メートル
 ダムの体積:175,500立方メートル
 (ダムに使用されるコンクリートなどの量)


名号に残る弘法大師の伝説

 今からおよそ1200年くらい前のこと、名号の酒屋さんへある立派な旅僧が来て一夜の宿を頼んだので、親切なこの家のおばあさんが泊めてあげました。
 おばあさんは宿泊の記念に何か書き物をと頼んだ。旅僧は明朝までに書くことを約束した。ところが翌朝旅僧はいそいで旅だったので、約束の書き物を忘れて出発してしまいました。おばあさんはいそいで僧の後を追って能登瀬の村はずれまで来たところで、川向こうを行く旅僧を認めて大声で妙号の書き物を頼んだ。すると旅僧は川端の池の縁に立って、おばあさんに書く物を用意するようにいった。おばあさんはいそいで持ち合わせていた布を出して広げた。僧は墨痕鮮やかに空中へ「南無阿弥陀仏」の六号の妙号をかかれた。すると不思議におばあさんの手にする布にその六字が現れ、おばあさんの驚きは大変な物であった。
 そこであなたはどなたですかと尋ねると、旅僧はにっこりほほえまれて「わしは空海じゃ」と言い残して立ち去られた。それ以来名号という村名がつき、この空海すなわち弘法大師の立たれた池を名号池といい、鳳来峡の真ん中に1200年も昔の弘法大師の面影を今日にしのばせている。
 <八名郡教員組合中学校教育文化部編「郷土の無形文化財」1954から>
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